ネットは公共空間への参入か、私的空間の拡張か? - ビジネスから1000000光年 http://bit.ly/bcCU4
小規模な情報共有圏が、全国レベルにまで散在しつつあるのがいまの日本のネット状況。
—
まったくもって同意です。同じことをずっと考えておりました。私の場合は、これを電車の中で気がつきました。なぜ彼ら彼女らは電車の中で大きな声で話すのだろう、と思ったのが始まり。
私はマーケティングの仕事をしていますが、学生たちも電車を使っているのに、どうして中吊り広告が刺さらないのかと思っていたのです。そして観察してみると、どうやら周りが目に入っていない。そして立ち居振る舞いを見ていて、これは電車の中が教室の環境そのままなんだな、と。
思えば私たちにとって「セカイ」とは、小学生のころは小学校と自宅の間や近所だけだし、中学校は自転車に乗って回れる範囲や学校区だし、高校はそれの集合体。そして大学もさらにその集合体だったりする。だから、日本全国を意識するのって大学から(部活で全国大会いく奴らでさえそうでしょう)。
公共すなわち社会の概念が小さいセカイのままなんですよね。たぶん、アルバイトしてるコとそうでないコの概念も違うんじゃないかな。
それが電車の中は移動しているもののそこは、友人がいると教室:社会:公共なのであって、彼ら彼女らが公共マナーが守れていないのではなく、公共の概念そのものが違うんだな、と思ったり。それが今はネットにも広がっているんでしょうね。
だからインターネットは怖いんだよ、と言っても平気でプライベート曝け出しちゃうんでしょう。
(via maniax)
電車の中でグループで大声、というと、英語で会話しているみるからに日本人でないグループ(だいたい、体格のいい白人が多いかな?)というのも、それなりに目にすることがある気がするのだけれども、それとこの議論に共通点はどれだけあるだろうか(あるいは無関係だろうか)とふと思った。
ネットでプライベート晒し系も、じつのところ MySpace とか Bebo とか Stickam とか Photobucket とか、いろいろとみると、そしてそれらに付随している報道もみると、日本語圏に限った話でもないよなぁ、と思う。